19歳が独占のために幼女殺人

1951年12月06日 (昭26)
京都府
死者:1人
 京都府京都市で、店員(19)が小学4年生の女の子(10)の背中や首を匕首で刺して殺害して逃走、1時間後に派出所に自首した。父親が会社員で同じ社宅に住んでおり、女の子が好きで好きで頭の中がいっぱいになって苦しくて仕事も手に付かなくなり、また女の子の親が白眼視することに怒りを覚えて殺してしまおうと決意し、女性が殺された新聞記事ばかりを毎日スクラップして影響を受け「殺人をしても判らないだろう。人殺しは罪となる。それより頭の晴れるほうがよい」と考え一週間前には近所の人に「社宅をびっくりさせてやる」などと云っていたが可愛いのでなかなか殺せず、今日こそはと風呂の帰りを待ち伏せして、畑に連れ込んだが手を振り切って逃げようとしたのでカッとして刺したもの。心神耗弱と自首が考慮されて、5~10年の不定期刑判決が地裁で出されて確定した。
 国連加盟恩赦で昭和32年7月に仮釈放、昭和34年(1959).4.5、27歳になった男は京都市の路上で中学一年生の女の子(12)の全身を包丁で14回滅多刺しにして殺害、警察に電話をしてから自首した。近所に住み自宅にテレビを観によく来るこの女の子が好きになったが幼女殺しの前科があり歳も離れているので結婚できないと思い詰め、他の男と結婚されるくらいならいっそ殺してしまおうと包丁を買って計画しており、この日にテレビを観に来た女の子を工場の同僚三人でレイプしようとしたが抵抗されて未遂に終り、家を出たところを襲ったもの。二年前に両親とこの地に引っ越しており、近所の人は前科を知らなかった。女の子は中学の入学式前だった。
 死刑が求刑されたが、軽い精神薄弱のため心神耗弱を認めて京都地裁は懲役15年判決を出した。
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