高1があっと驚かすために警察襲撃

1953年06月26日 (昭28)
東京都
 茨城県鹿島田町の警察署で深夜1時、定時高校1年生(15)が車庫でパトカーのクラクション鳴らし、宿直の刑事を誘き出してピストルで左腕を撃って貫通させて1ヶ月の重傷を負わせ、銃声で飛び出してきた部長刑事の脇腹を撃って貫通させて1ヶ月の重傷を負わせ自転車で逃走したが、すぐに逮捕された。
 「どうせやるならでかいことをやろう。それには警官を襲撃するのが一番だ」と前日に別の地区の派出所の宿直室で寝ていた巡査のピストルを奪い、わざわざクラクションを鳴らして正面から堂々と警官を撃ってパトカーを奪って東京に行き、同士を集めて房総半島の山中の地下にレーダーでも見つからない秘密基地を作り、銀行強盗で何千万も稼いでギャング団のボスとして世間をあっと驚かせる計画だった。
 IQ130で中学を1番の成績で卒業、高校はほとんど行ってなかった。父親(57)は戦前に工場を経営して裕福だったが戦争と病気のため生活保護を受けるほど貧しくなった。しかし、家庭は円満で継母との折り合いもよく、親孝行で弟たちの面倒もよく見ていた。マゼランを尊敬する冒険好きで総理大臣になるのが夢の明るい性格だったが、日常に退屈し、設計図を引いてピストルを自作していた。父親は「本当に頼もしい息子と思っていましたので、今度の事件は本当にうちのせがれがしたとはどう考えても考えられません。背後に不良がいて脅迫されて仕方なしにやったのでないかとしか」と語る。「現在の法律に正面から反抗したかった」と自供し、まったく罪の意識がなく平然としている。水戸少年鑑別所の精神鑑定では、動機は社会への反抗ではなく「空想性」によるもの。
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