動機は好奇心が多い 府中署ヒロポン患者の実態 毎日新聞都下版引用

1954年11月19日 (昭29)
(前略)うち青少年は十七、八名(うち女四、五名)でポンをうつようになった動機は好奇心によるものが圧倒的に多く十五才から二十才前後のものがほとんどでなかには中学生で学校をサボり、ポンのとりこになっていたものもある。これら青少年の家庭は平均家庭が大半をしめ両親の子供に対する放任主義が目立ち子供がポンの中毒患者になるまで知らなかったり見栄、外聞をはばかって警察に相談せずポンから悪に転落、警察ざたになってはじめて親が非を悟る有様だという。同署防犯係のメモから次のような実例をあげポン禍に対する警鐘とする。
A少年(18)は経済的に恵まれた家庭に育ち日常の小遣いを欠かすことはなく、学校の成績も決して悪いほうではなかったが、いつか覚えたパチンコに興味をもち、東光マーケットのパチンコ店に出入りするようになってから悪友にさそわれるまま好奇心でヒロポンをうつようになり、親にねだる小遣いも増え、回数も多くなってきた。ポンの味を知るとA少年はポン患者と同じように表情は荒れ、学校をサボりはじめ、いまでは一人前のポンうちとなって一日五CC六本をうち、小遣いではたりなくなり家のものを持ち出して売り、ポン代にあてていた。
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