21歳が少年殺害

1955年03月20日 (昭30)
京都府
死者:1人
 東京都葛飾区の工場で、無職(21)が小学2年生(8)を絞殺し、3.22に死体が発見されて逮捕された。甥(4)がいつもいじめられているので、復讐のため映画に連れて行った帰りに殺害したと自供。茨城県猿島郡の農家の4男で病的性格の精薄児として入院歴があり、子供の頃から動物や小鳥を包丁で切るなどしており、4人の男の子(9~13)の首を絞めて猥褻行為をする殺人未遂も犯していた。精神薄弱で不起訴、精神病院に入れられ昭和38年6月に退院した。
 昭和45年9.26に、36歳になった男は葛飾区の空き地で、小学5年生の男の子(10)を絞殺してから猥褻行為をした。10.3に腐乱死体が発見され、10.20に逮捕。男の子の父親の知り合いで犯行の日にも家に行って男の子と遊んでいた。父親に冷たくされたので復讐したもの。「首を絞めて子供が苦しむのに快感を覚えた」とも話す。誘拐殺人で懲役12年となった。
 昭和58年11.17に、49歳になった男は葛飾区の神社で、小学6年生の男の子(12)の首を絞めてから蹴飛ばしたが死んだふりをすると去ったので男の子は家に逃げ帰り、男はすぐに逮捕された。10.30に刑務所から出たが職につけずに賽銭泥棒で暮らしており、「2日前から何も食べていないのでムシャクシャして殺そうとした」と自供。染色体異常による知能障害と異常性格で心神耗弱だったと、東京地裁は殺人未遂で懲役6年の判決。
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