ヤクザをまねる子供たち 山の手住宅街にぞくぞく 朝日新聞引用

1958年07月03日 (昭33)
東京都
 都心の盛り場で暴力追放がやかましい折から、街の愚連隊がこんどは次第に山の手の住宅地に根城を移しはじめた。ヤクザの「疎開」というだけならまだいいが、落着き先が住宅地だけにことはめんどうだ。
 東京世田谷の下北沢、三軒茶屋、駒沢各住宅街では、ヤクザの悪い風習がすでに子供の世界にまで伝染して、サラシの腹巻にドスを秘めた十四歳の顔役とか、親分、子分の杯を挙げたしるしに腕にナイフの傷まで刻み込む中学生もあらわれる始末。これら少年ヤクザの誕生には警官も驚くほどだから、母親たちにはまるで対策がない。

「愚連隊がたむろして、昼間も女一人では映画館に入れない」「駅の改札はチンピラの関所だ」「町内会の夜警小屋まで愚連隊が占領している」一これは一日夜、下北沢青少年問題協議会で住民たちが「何とかしてくれ」と小川北沢署長に訴えた言葉だ。小田急と帝都井之頭線が交差する下北沢駅付近はいままで暴力とは縁のない街だったが、最近、同駅近くにバー、深夜喫茶がやたらに建ち出してから、にわかに物騒になった。
日が暮れるとこの新開地のネオンを求めて、どこからともなくアロハの若い衆が集まり、酔っ払いに難くせつけて金をまきあげたり、勤め帰りの娘さんの後を追ってはいやがらせを働くのだ。北沢署の調べでは、同駅のまわりにたむろする与太者は約六十人、大半が新宿、渋谷の盛り場を食いつめた連中だという。さる三十日夜、同署が行った同駅一帯での一斉手入れでも、十人の愚連隊が暴行、傷害、おどしの疑いで網にかかった。なかには新宿のあるヤクザの子分を名乗る男もいたという。
住宅地に流れ込んできた愚連隊が、土地の子供たちに与えた影響は大きい。北沢署少年係がこの半年間、管内の少年から押収した凶器は20件、飛び出しナイフからピストルまで、一応、あらゆる凶器を便いこなしていた。最近、同署で補導した例では、サラシの腹巻にアイクチを忍ばせていた十四歳の二人組、江ノ島みやげのナイフをこれも同じ腹巻にかくしていた高校三年生、自転車のチェーンに布をまき、ムチのように振りまわしながら「腕一本ちぎるぐらい、わけねえさ」とうそぶいていた十七歳の三人づれ。みんなダテではない。ゆすり、たかり、暴行の立派な道具としてこれらの凶器を便っていたという。
また下北沢と隣合わせの玉電三軒茶屋、駒沢では、刃物をいじるどころか、少年たちだけでヤクザまがいの一派を組織、親分、子分の杯まで交わしている。世田谷警の調べでは、駒沢の若草会はもともと町内会の少年野球のチームだったが、いつの間にかキャプテン(18)以下、全選手がそっくり愚連隊に転向パチンコ屋をホーム・べースにあばれ回っていた。三軒茶屋の少年ヤクザのなかには、兄弟分の契りを交わしたしるしにナイフで腕に傷までつけた少年が八人もいた。必ずしも貧しい家庭とか、片親のいない家庭とは限らない。中流以上の、しかも両親のそろった少年もかなりいたという。
(朝日新聞7.3)
感想・口コミ
出来事を検索する
検索するキーワード 表示結果
検索期間
日 ~
エリア
死者数
ジャンル指定