失恋・同棲も経験ずみ あきれた十四娘食堂ボーイとの世帯苦労で早熟令嬢の果・警察へ 報知新聞引用

1936年10月07日 (昭11)
兵庫県
六日朝四谷署へ八円の下宿料不払で突き出された少女と半島生れの青年があつた、この少女は僅か十四歳、兵庫県の資産家の娘で家庭教師を姉と二人で恋し合ひ、姉に負けた腹いせに、家出して最初に知り合つた半島生れの食堂ボーイと無反省の同棲生活を無軟道に送つてゐたことがわかった。

 男は朝鮮元山生れ○○君(二八)少女は兵庫県姫路市村長の次女日の本高女二年生たま子さん(十四)(仮名)でたま子さんは豊な家庭で三つ上の姉と家庭教師の教へを受けてゐたが、妻子ある教帥に姉と二人で恋し合ひ結局姉にとられたくやしさから八月二十四日自分の貯金六十五円を持つて大阪へ捨てばちの生活をあこがれて家出した、先づ訪ねたのが大阪市南区松尾町金星館喫茶店だつた。

 当時こゝにボーイをしてゐた○○君はたま子さんの年が若過きるからと自分の下宿に連れて行つたがこの○○さんの親切にほだされてこの日から二人の共同生活が始まつた、九月二日には大阪道頓堀でさゝやかな晴れ着をとゝのへ手を取って東京へ上つた、牛込区神楽町に下宿したが、所持品もなくなりたま子さんは神楽坂下のブラジルハウスに同月六日能村勝子(一七)と偽名して喫茶ガールとなり二人の生活費を稼がうとしたが思はしくなく四日間で店をやめた、こゝをやめてからは二人とも職がなく四谷区新宿に下宿してわびしい同棲生活を送つてゐたもの、四谷署ではこの早熟な娘の引取方を姫路の父親に打電したが○○君は誘拐の常習者ではないかと追究取調べてゐる、たま子さんは  ○○とは別れますが姉のゐるあの家へはどうしても帰れません、東京で仕事を見つけて自活します と語つてゐる。
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